2015年03月08日

北陸新幹線開業

いよいよ今月14日に北陸新幹線が開業します。
東京から金沢へは現在上越新幹線の越後湯沢駅で
在来線の特急に乗り換え約3時間50分かかります。

最高時速260kmの北陸新幹線の開業により
2時間28分に短縮されます。
1997年に開業した長野新幹線が金沢まで延ばしたのです。

石川県知事は「開業は100年に一度の節目。県発展の礎にしたい」と話されていますが
喜ばしいことだけではないと思います。
過去の新幹線延伸では
延伸先の沿線自治体から逆に首都圏や大都市にに消費が吸い取られる
「ストロー効果」の影響を受けたり、宿泊せず日帰り観光客が増えたり
地域の足になる並行在来線が不便になったりという
デメリットが指摘されたこともあります。

私は1998年から2000年にかけて2年2カ月長野市で勤務したことがあります。
1998年の長野冬季オリンピックでは多くの観客が長野市を訪れ賑わいましたが
1年後には長野駅近くにあるホテルが閉店しました。

長野市で宿泊していた出張客は新幹線開業で日帰り出張が可能になり
観光客は長野駅から車で奥へ入った市外地域で宿泊するようになりました。

長野冬季オリンピックや長野新幹線の効果は1年ぐらいしか続かず
そごうやダイエーが閉店したことを覚えています。
私はBALLYのかばんを買うために長野駅から新幹線で上京したことがあります。

金沢は北陸新幹線開業で首都圏からの観光客に期待していますが
金沢市内には何度も繰り返して訪れたくなる観光場所がたくさんあるでしょうか?
私は兼六園・金沢城跡・ひがし茶屋街などくらいしか浮かびません。

ということは多分一度訪れたらほとんど訪ねてしまうことができるので
繰り返し来てもらうためには金沢駅から
能登半島・加賀温泉郷(山中、山代、粟津、片山津)・和倉温泉へと足を延ばしてもらい
そして福井県・富山県と共同で観光客を呼び込めば
自然が豊富な地域ですので何度も訪れてくれることになるでしょう。

ファスナー大手のYKKは発祥の地である富山県黒部市に新駅ができることを受け
首都圏に勤務する230人を市内の拠点に移動させることにしたそうです。
コマツは東京本社機能の一部を本社工場のある小松市に移して現地採用を増やし
日機装は地震のことを考え太平洋側の静岡県牧ノ原市から
日本海側の金沢市に生産拠点を移しているとテレビで伝えていましたが
北陸新幹線開業で人の流れが大きく変わることでしょう。





posted by 上杉鷹山 at 16:11| Comment(0) | 北陸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月24日

初めての転勤による引っ越し

「NHK 鶴瓶の家族に乾杯(福井市)」でも書いていますが
私は30代後半に大阪から福井へ転勤しました。

転勤する1ヶ月前に私が福井市へ行き入居先を決めましたが
後で会社側が勤務先に近い便利なマンションを見つけてくれました。
1980年代後半ですので私は電話帳で引っ越し業者を探しました。

私は父親が住んでいたアパートに同居していましたので
自分の衣服や靴・本・寝具・暖房器具・ゴルフ用具や
それに日常生活の必需品以外大きなものは洋服タンスしかありませんでした。
しかし日通などの混載便で送るよりも
トラックをチャーターするほうが早く引っ越しが出来ると思ったのです。

そこで4-5社ぐらい運送業者に電話で当りました。
その中からある運送会社を選び電話だけで全てを決めました。
2トントラックで十分でしたが値段は一緒というので
荷台の半分は空いた形になる4トントラックによる引っ越しでした。
転勤費用は会社負担でしたので
出来るだけ早く引っ越して勤務できる方法を選びました。

4月末午前10時に私が住んでいた兵庫県西宮市から
現地に午後2時頃に着く予定で出発し
私もトラックの助手席に乗りました。
大都会から地方都市に転勤というだけで気分が落ち込むのに
福井営業所の先輩社員が韓国出張中にホテルから飛び降り自殺をされたので
私がその方の代役としての転勤でしたので気分は非常に重かったです。

トラックの運転手は沖縄転勤を断り退職して運転手をしている20代の方でした。
北陸自動車道を走って福井県内に入ると雨が降っていて気分は更に重たくなりました。
現地のマンションに着き引っ越しの荷物を運び終わったのは午後3時過ぎでした。

引っ越し先には明るい時間帯に着いていたので住居の周りもよく分かり
翌日からの買い物なども困ることはありませんでした。
洗濯機は福井で買いましたがテレビは3年間なしで過ごしました。
3年後今度は香港への転勤が決まり福井から一時神戸に戻りましたが
その時もトラックをチャーターしたのです。
2回目の引っ越しは桜が咲いている季節で
福井へ向かう時とは違い希望に満ち溢れていたのです。

ズバット引越し比較
posted by 上杉鷹山 at 18:01| Comment(0) | 北陸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月26日

福井市一乗谷の朝倉氏遺跡

IMG_0309.JPG

20日から1泊2日で途中越前大野城に寄ったりしながら芦原温泉に行ってきました。

泊まった宿は「つるや」ですが金曜日なので宿泊客も少なくゆったりと温泉に入浴できました。

つるやは楽天トラベルのホームページで探した宿でしたが
やはり評判通りの宿で大変満足しました。

でも泊まったその日の深夜は雨音が物凄く宿の一部が床下浸水するほどの大雨でした。

翌日は帰る途中に福井市一乗谷にある朝倉氏遺跡に寄ってきました。

一乗谷はSoft bankのCMでお父さんの白い犬の故郷になっているところです。

2年前の2月上旬から約1カ月間放送されたSoft BankのCMでは
福井市一乗谷が舞台になっていたことを御存じかと思います。

赤いマフラーを巻いたお父さん白戸次郎(白い犬)とお母さん(樋口可南子)が
しばらくぶりにお父さんの故郷福井市一乗谷に帰省し
武家屋敷の間を通り抜け雪道を歩いている途中に3人の女子高生たちに出会い

彼女たちの姿を見て自分たちの娘(上戸彩)を思い出したり
福井鉄道福武線北府(きたご)駅で撮影された駅構内やプラットフォームで電車を待って

母親(若尾文子)が住む白戸家の実家に戻り
お父さんの部屋でお母さんが卒業アルバムを見て
お父さんを探しているあのCMです。

2年前の4月の午後0時20分からNHKテレビのお昼の番組「生中継ふるさと一番」は
「遺跡探訪!よみがえった戦国城下町」という題で
福井市一乗谷の朝倉氏遺跡からの生中継をしていました。

一乗谷朝倉氏遺跡は今から400年以上前の1573年に
織田信長の軍勢によって攻め滅ぼされるまで5代約100年余にわたって
越前の戦国大名・朝倉氏一族が華やかな文化を咲かせた都の跡で

昭和42年に発掘調査が始まり
当時のほぼ完全な町並みと多数の貴重な歴史的遺品が発見されています。

その遺跡調査が終わった場所から徐々に城下町の屋敷などが復元されてきていることを
そのテレビ番組を見て知り一度寄ってみようと考えていました。

今から26年前に私は福井市で3年間勤務し
仕事で鯖江市や今立町(現在の越前市)のレースの機屋(はたや)を訪ねた
帰りに一乗谷の遺跡前の道路を通って営業所に戻っていましたが
その当時は写真の朝倉館跡の建物があるだけでした。

しかしテレビ画面を見て
城下町の街並みや屋敷の復元が大きく進んでいるいることに驚きました。

まるで戦国時代映画に出てくるような城下町の街並みなっていました。

当時の一乗谷は京都・堺に次ぐ大きな町だったそうです。

テレビには一乗谷の満開の桜が映っていましたが
福井に行く機会があったら一度一乗谷朝倉氏遺跡に寄ってみようと考えていたのです。

写真の中の水が濁っていますのは前日に大雨が降ったためです。
posted by 上杉鷹山 at 21:22| Comment(0) | 北陸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月08日

NHK「鶴瓶の家族に乾杯(福井市)」

5月2日(月)午後8時からのNHKテレビ「鶴瓶の家族に乾杯」は福井市が舞台で
ゲストは女優の水川あさみでした。 ロケ日は昨年12月18日です。

私は福井市で3年間勤務したことがありましたので放送日を楽しみにしていましたが
東日本大震災の影響で放送は3月から5月に延期されたのです。

水川あさみは今年のNHK大河ドラマ「江〜姫たちの戦国〜」で
織田信長の妹である絶世の美女・市の娘である三姉妹の次女・初を演じていますので
市の夫であった柴田勝家の北の庄城があった福井市を舞台に選んだのでした。

最初笑福亭鶴瓶と水川あさみは北の庄城跡にある柴田神社に参りましたが
柴田勝家、市、三姉妹の銅像があり三姉妹神社も作られていて綺麗に整備されていました。

この番組の中でゲストが笑福亭鶴瓶と別れ単独で行動する場面がありますが
水川あさみは福井市の商業中心地である順化の片町通りを訪れたのです。

彼女が通りを歩いているとテレビ画面にソースかつ丼で有名なヨーロッパ軒の店
それに続いて繊維産元商社広燃の看板の付いた建物の一部が映りました。

そしたら彼女は広燃の隣の手打ちそばの店「さのや」に入ったのです。

当時私の勤務していた営業所が「さのや」のすぐ近くにありましたので
私は「さのや」で昼食を食べたり或いは会社で出前を取ったりしていました。

テレビカメラが店内に入った時に私は20年振りぐらいに店内を見たのです。

水川あさみは店のお勧めの大根おろしの入ったおろしそばを食べていましたが
私もおろしそばやごはんの丼ぶりものをよく食べました。

彼女はご主人からそばの打ち方を教わり奥さんとも話をした後に
呉服町商店街の創業が慶応元年で永平寺御用達でもある
和ろうそく製造販売のお店「小大黒屋」を訪れました。

当時私は会社近くのマンションに住んでいましたので
呉服町商店街を横切って歩いて通勤していました。

今となっては懐かしい福井市ですが
福井への転勤を告げられた時は複雑な気持ちでした。

というのは福井で勤務されていた先輩社員が
ソウル出張中にホテルから飛び降り自殺をされたので
私が福井に転勤しその先輩の代わりをしたのですが
問題がありやりたい仕事ではありませんでした。

そのうえ1963年(昭和38年)日本海側を襲った三八豪雪で
福井市が陸の孤島化したために
自衛隊が出動して除雪作業をした記憶が強く残っていたので
大雪が恐怖でしたが私が勤務した3年間は雪があまり積もりませんでした。

でも過ぎ去って見れば不思議なもので
懐かしい良い思い出ばかりが残っているのです。

福井市を去る日に毎晩定食を食べた片町通りにあった食堂のおばさんから
餞別にお金を頂いた時には涙が出てきました。

今回の「鶴瓶の家族に乾杯」の水川あさみの福井市訪問を見て
私は当時の福井勤務のことをいろいろ思い出したのです。

posted by 上杉鷹山 at 11:36| Comment(0) | 北陸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月06日

越前そば・越前がに

今日の毎日新聞朝刊に北陸新幹線福井駅完成という記事が載っていました。

父の福井転勤でJR福井駅に初めて降りたってから35年以上も経ちましたが
JR福井駅は新しくなってしまいました。

それに合わせて北陸新幹線福井駅を建設していましたが
その駅が完成したと言うのです。

特に全国の新幹線の駅は主要駅以外どの駅に降りたっても同じで
駅名を見なければここがどこの駅か区別がつき難いです。

日本人の皆と一緒という発想です。

各地方のそれぞれ特色ある駅舎にならないのでしょうか?

北陸新幹線が走るのは早くても2018年以降だそうですが
北陸新幹線が走れば福井県は完全な関西圏になってしまうでしょう。

私には前のJR福井駅が懐かしく昔のままでいてほしかったです。

駅舎が新しくなっても福井県の名産である越前そば・羽二重餅は変わらないでしょう。

以前日経新聞で読みましたが郵便局ゆうパックの全国のお取り寄せでは
一番人気があるのが越前そばと載っていました。

越前そばと言えば大根おろしを使った「おろしそば」です。

芦原温泉のホテルに泊まり「越前そば」と「越前がに」を食べたいです。








posted by 上杉鷹山 at 13:45| Comment(0) | 北陸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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