2010年10月27日

バグダッド

私はイラン・イラク戦争の時にテヘランを訪れましたが敵国のバグダッドも訪れました。

今まで海外出張では飛び込みでホテルに泊まったことが何度もありましたので
バグダッドも宿泊に関しては問題ないと思ったのが大間違いでした。

私はサウディアラビアのジェッダからバグダッドのホテルを予約しようとしましたが
全く通じず予約なしにバグダッドに向かったのです。

ジェッダからバグダッドへは直行便がなくヨルダンのアンマン経由になりました。

私は早朝ジェッダを出発してアンアンに午前10時頃に着き空港を出て
アンマン市内のホテルにチェックインして夜まで時間を過ごしました。

私は午後10時頃に空港へ行き午後11時頃にバグダッド行きの便に乗りました。

戦時中でしたのでバグダッド空港の発着は全ての便が真夜中に集中していました。

私の乗った便は午前0時過ぎに空港に到着し私は入国手続きを終え
タクシーに乗ったのは午前1時を過ぎていました。

1月下旬でしたがアラビア半島のジェッダは灼熱の太陽が輝く真夏の暑さで
一方到着したバグダッドは真冬で寒かったのです。

空港の建物を出てタクシーに乗ると戦時中のため周りは全て消灯されていて真っ暗で
月の明かりとタクシーのヘッドライトだけを頼りに
タクシーは暗闇の中をバグダッド市内に向けて走りました。

途中月の明かりでチグリスユーフラテス川の水面を見ることが出来ましたが
周りの景色は暗くて全く見えなかったのです。

ホテルと言っても私はJTB発行の中近東ガイドブックに載っている
代表的なバグダッドホテル1つしか知らなかったので

そのホテルを目指し午前3時前頃に着きフロントへ行こうとすると
ホテルにディスコがあるのか音楽が聞こえてきました。

私はここに泊まれるのなら安心と思ったのですが全室満室と言われてしまったのです。

タクシーの運転手もバグダッドはどのホテルも満室状態で空き部屋がないと言いました。

でも運転手は知っているホテルがあると言うのでそのホテルにタクシーを走らせましたら
一部屋だけ空きがあり今日の午前10時までなら泊まることが可能という返事でした。

仕方がないので私は午前4時頃にチェックインして午前10時にチェックアウトする条件で
その部屋に泊まりベッドに入り横になったのです。

その部屋はその日イタリア人が泊まる予定でしたので
私の滞在できる時間は6時間しかなく次のホテルを探さなくてはなりませんでした。

その当時バグダッドはホテルの宿泊施設が不足していたのに
多くの建設関係の外国人たちが復興に向けてバグダッドに働きに来ていたのです。

私は午前6時に飛び起き市内の何軒かのホテルに当たりましたが全くありませんでした。

途中二人連れの日本人にばったり出会いましたが
彼らも部屋探しをしていて全く見つからないとのことでした。

腕時計を見ると午前10時になるので至急ホテルに戻ってみると
何と私の大きなトランク4個がロビーの床に放り投げられていたのです。

会社の先輩から大学のゼミ仲間が大手商社のバグダッド支店で勤務しているので
機会があれば会ってみるようにと紹介されていましたが

その日は金曜日でイスラム社会では日曜日に当たり勤務先に訪ねて行くことも出来ず
私の取引先との連絡も取れませんでした。

外は寒く泊まれる部屋を探さないと風邪を引いてしまうと思いましたが
私はどうしたらよいのか分からず呆然としていたのです。

冬の夜空の下で野宿しかないのかと思うと泣きたくなってきました。

そしたらホテルで働くご老人が突然私に声を掛けてきて
一緒にホテル探しを手伝ってあげようと言ってきたのです。

ご老人は古い小型トラックに私と荷物を載せ郊外に向かって走り
彼の知っている空いていると思ったホテルに私を案内してくれたのですが
そこも残念ながら満室でした。

しかし幸運なことに物置代わりに使っている壊れた部屋が離れにありましたので
そこに私は泊めてもらうことにしたのです。

もちろんシャワーや風呂はなく暖房もなくお湯も出ない部屋で
足を洗おうと洗面台に片足を上げると洗面台が倒れてきました。

部屋は寒かったですがなんとか寝ることが出来る場所を確保できほっとしました。

そのホテルは安宿でルーマニアから来た大勢の建設現場労働者が泊まっていて
彼らはロシア人が被る毛皮の丸い帽子を被っていました。

私はご老人の親切に本当に助けられました。

ホテルの人は私に若いから酒を飲んで体を熱くしてすぐ寝ればよいと言いましたが
バグダッドはイスラム社会なのにキャバレーもあり酒を自由に飲めるのにはびっくりしました。

翌日大手商社の支店を訪ねましたら日本航空でホテルを紹介してもらおうと言われ
二人で日本航空の事務所に行き現地女性社員に探してもらいましたが
空き部屋のあるホテルはどこにもありませんでした。

一週間後のバンコック行きの便に乗るまで
私は物置に使われていた寒い部屋で寝泊まりをしたのです。

バグダッド市内では戦場に向かう多くの兵士たちを見かけました。


posted by 上杉鷹山 at 17:26| Comment(0) | 海外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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